飼い主という名の「付き人」


私が、飼い主の方を対象にした「しつけ方教室」を始めた当初、思いがけない間違いに気が付きました。最近でこそ、広く各地で、しつけ教室が開催されていますが、その頃は未だ、欧米におけるしつけ教室の情報以外は得る事ができず、試行錯誤で始めたものです。通常、訓練士が犬を訓練する場合、「親和の期間」と称して、数週間は、本式の訓練は一切せずに、犬と仲良しになる事に専念します。そうして、ある程度の友好関係や信頼関係を築いた後に、訓練を始めるのです。しかし、しつけ方教室においては、犬に教えるのは飼い主な訳ですから、当然犬との親和はとれているものと考えてしまったのです。ところが教室を始めてみると、犬が、ほとんどと言っていいほど飼い主に注目しないのです。まさに、「飼い主になど目もくれない」という状況です。数頭の犬が集まったら、もう他の犬に完全に気が行ってしまっています。教室が始まって、飼い主が誉めてあげても、犬はちっとも喜ばないのです。これでは、「下手に叱るより、無視した方が良い」という指導法は使うことができません。無視する事が、有効な罰と成り得る、その前提が無いのですから。

確かに皆さん誰もが、ご自分の犬をまさに家族の一員として育て可愛がっているのですが、飼い主の愛情は、その真意が犬には伝わっていないのです。なぜなら多くの方の愛情というのは溺愛であったり、押し付けであったり、奉仕であったりだからなのです。

多分に、眉唾の部分があるにしても、まだ飼い主に忠誠を尽くしたという「忠犬ハチ公」の話は美談でありましょう。ところが多くの方は、その逆で、自分の犬に忠誠を尽くしてお世話をしているのです。犬を「芸能人」に例えれば、飼い主は、自ら「マネージャー」ではなく、「付き人」の道を選択しているのです。

意外に感じる方もいるかも知れませんが、犬が自分の傍に寄って来た時に、「可愛いね~」「いい子だね~」といって撫でてあげることさえも、あまり良い事では無いと言われます。なぜなら、現代に於ける家庭犬は、犬としての仕事を失い、吠えて呼べば、飼い主は来てくれて、かまってくれるし、お腹が空けば食べ物をくれる、トイレにいきたい頃になれば、表に連れ出して貰える。更に続けて言えば、ドアの前にいけば、ちゃんと自分の為に開けてくれる、(ドアを開けて、犬が先に出るようなら、犬はそうとしか思いません。)そして、自分が散歩をしている間じゅう、きちんと後をついてくる。ただでさえこうした環境にあって、この上、愛情さえも、自分が欲した時に得る事ができるという事は、全ての行動の主導権を犬がもつ事に他ならないのです。

こうした関係を、自ら作っておきながら、「訓練」と称して、お互いの立場を逆転した ゲームをするのです。仮にこのゲームを「王子様と乞食のゲーム」と呼びましょう。ゲームの最中は、お互いに面白がって、お互いの役どころに徹するかもしれませんが、ゲームが終わった後までも王子様は、乞食のいう事をきくものでしょうか。

訓練士がこういうことを言っては、商売にならないかもしれませんが、ご自分の犬に対し、適切なリーダーシップをとれる方が、通常の犬をお飼いになる場合や、普通の方が、依存心が強く、支配欲の乏しい犬をお飼いになった場合、普通のしつけ程度なら、訓練に出す必要などないのです。

逆に言えば、適切なリーダーシップをとれる方が犬を訓練に出せば、訓練から帰ってきた犬はとても良く言う事をきくようになるでしょうし、リーダーシップをとれない方が犬を訓練に出しても、飼い主がその後、相当の努力をなさらなければ、全く意味が無いという事です。

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