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犬は、容易にどなたにでもかうことができます。
ただしそれは、「犬を飼う」という事が、ただ単に「その生命を、まっとうさせる」というのであれば、という意味においてです。つまり「所有する」とか「生かしてだけおく」程度の事なら、生存に必要な最低限の環境を用意し、食べ物を与え、必要な運動をさせさえすれば、それで良いのです。
しかしそんな飼い方をするなら、何も数多い動物の中から「犬」を選ぶ意味はないのです。それどころか、犬のように、高度な知能と豊かな感情を持つ動物を選ぶことは残酷でしかありません。ウサギやモルモット等の、他の家畜化された動物を選ぶことをむしろお薦めいたします。
そもそも、あなたにとって「犬を飼う」とは、どういうことなのでしょうか。犬を飼うということが、「犬を家族の一員として、家庭に迎えいれる」「あなたの人生のパ−トナ−」とすることであるならば、それは、誰もが簡単にできることではありません。
普通に考えて、10年から15年、これから先のあなたの人生に関わりを持ち続けるのです。まず「精神的ゆとり」「経済的ゆとり」「時間的ゆとり」この三つが無くては犬を飼うことは難しいともいえます。この他に、場合によっては、体力や、知識も要求されます。
あなたとは全く異なる感覚や習性をもつ「四つ足の動物」が、あなたの生活に入り込むのです。充分な愛情を注いで育てるためには「精神的ゆとり」が不可欠です。
大きな犬であれば、また健康面にも配慮をすれば、食費も相当かかりますし、定期検診や、予防注射、また病気や怪我でかかる獣医代にしても、まさか、高いからやめるというわけにはいかないでしょう。
そして犬に、家庭や社会で必要とされるしつけをするためには、またもっとも肝心の、犬とのコミュニケ−ションを図るためには、相当に時間に余裕が無ければなりません。
また残念なことですが、生来好ましい性格の犬ばかりが繁殖されている訳ではありません。犬種による特性や血統的に持つ先天的特性(血統書の善し悪しの問題ではありません)あるいは、出産時から親離れして家庭に迎え入れられるまでの環境により、精神的障害を受けている犬の場合などは、それなりの専門的知識を勉強しながら育てなければ、手におえない犬になってしまう場合もあります。
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